SELF LOVE

 

こんばんは!

今日は、私のインスタグラムの方でいただいた質問が

とてもBIG QUESTIONだと受け止めたので

こちらのサイトで答えさせていただきます(^^)

今日は、文字数や全体のまとまりや読み易さは無視して

ガッツリ書きます!

 

 

Question:

今まさにナツさんが昔なったような病気で、自分のことを愛してあげることができなくて、どうやったら自分のことを許し愛せますか?今までできていたことが出来なくて、なかなか認められません。

 

 

Answer :

とても大きな質問で、うまくまとめてお答えしようとしたけど、伝えきれなそうだったので、ここに私のストーリーを書かせてください。昔に出させていただいた本にも書きましたが、私の場合は、10年前に鬱病になったとき、通院していた先生がとてもすばらしいことを言ってくれました「いま自分がやるべきだと思うことは一切やっちゃダメ、やりたいことや好きなことばかりやり続けてみてください。」これは当時、肩に力入りまくりで我を捨ててがんばることしかしていなかった私にとって衝撃的で、目からウロコ。そして最高のアドバイスでした。なんだその最高な指示は!わかりました!やってみます!と思いました。

私の場合、不思議なことに、ただ心が疲れて何もできなくなっている‥なぜだなぜだ虚しい‥と自分を認識するより、「あなたは鬱病です!病気なんだから休んでください!」と先生に診断してもらえたことでとても安心しました。なんで普通に外に出て人に会うことさえもこんなにダルいんだろう‥とか悩んでいた頃より、そっか病気なんだ私!じゃ、がっつり休んでよくなろーっと!と、ある意味、開き直れて、とことん自分が病人であることに集中して毎日を過ごせたことが良かったです。周りの目は気にしなかったです。

ここから私は、寝たいときは一日中寝ました。行きたくなかったら行かない。泣きたいなら泣きまくる。一日中YouTubeで音楽を聴きつづけたり。リフレッシュしたくなったらお散歩して、お花がきれいだったらキレイだな〜って喜びに浸りました。癒しを必要としていたからか、ぬいぐるみが大好きで、ゾウさんのぬいぐるみリュックを背負ってお出かけしていました。気分を上げたかったので全身カラフルなファッションで出かけたり。あとはその日の気分で、ネクタイをして出かけた日もあったな。今でもあの頃の自分はけっこうクレイジーでイカしてたなと思います。両親はご近所や周囲の目など色々あるようでしたが、そうだよね〜可哀想だな〜ごめんね、とは思っていましたが、あまり気にしていませんでした。笑 母は周囲に私が鬱病であることを隠そうとしてくれましたが、私は、全然話していいよー私は別に気にしない、とか言っていました。開き直った迷惑な娘だったかもしれません。笑 金銭的にもメンタル的にも、黙って支え続けてくれてきた家族には本当に感謝しています。

 

でも、この、周りの目を気にせず、開き直り、ありのままの自分を隠さずそのまま受け入れて、自分の心への愛をそそぎまくり、自分の魂を解放しまくり、自分の体の望むことをしまくったことが、数年後には奇跡を起こしはじめました。

 

私が鬱病当時、実践しつづけたのは、今ここですぐに出来ないことにフォーカスするのではなくて、今ここにすでにある小さなhappyを、毎日ひとつひとつ発見して、喜んで、楽しむこと。でした。その日々の喜びを自分の中でかみしめて、周りともシェアすることでhappyを広げる、という習慣をつけるのに、ブログを毎日更新することが、私にとって大いに役立ちました。楽しんでブログを更新していくうちに、読者さんがどんどん増えていって、気がついたら「ブロガーのNatsuさん」とあちらこちらで呼ばれていることを知り、当時はブロガーの意味を知らなかったので、ネットでブロガーという意味を調べたことを覚えています。笑 当時はまだ一般の人がネット上に顔を出して私生活をシェアするなんて、セキュリティー的に大丈夫なの?とか周囲に心配されました。今となっては…ですよね。でも世間はそんな感じでした。私は、心配や恐怖心より、希望やワクワクの方を選んで進みました。

そしてある時、なんか作りたいな〜と思うままにハンドバッグを楽しんで作ってみました。このバッグが可愛くできたので嬉しくてブログに載せたところ、買いたいという方から注文が入り、その天使のような方のために心をこめてバッグを作り、それを受け取った方からまたブログでクチコミで広がり注文がどんどん入るようになり…どんどん忙しくなっていきました。こうしてデザイナーとしてのキャリアがスタートしました。

その数年後には、ファッションブロガーアワードというコンテストでグランプリをいただき、雑誌sweetさんで連載ページを持たせていただいたり、様々な大手企業ブランドさんたちとコラボデザイン商品を発売するようになりました。知らないうちに「デザイナー」と「ブロガー」という肩書きを周囲から与えられていました。パリコレやNYコレクションを見に行ったり、バイヤーとして海外出張に行かせていただいたり、数々の雑誌に出させていただいたり、BSテレビ番組にゲスト出演させていただいたこともあったな。笑 その数年後には自分でブランドを立ち上げました。

そのまた数年後には、出版社の方から「Natsuさんのスタイルブックを出版しませんか?」とのメールをいただきました。自分のこの人生経験を、本にまとめてみんなにシェアすることで、きっと希望を与えることができるはずと想っていた私は、ファッションをまとめるスタイルブックの中に、自分の文章でメッセージを入れさせてほしいとお願いし、出版しました。その本を読んで、たくさんの女の子たちから「ありがとう」のメールをいただきました。出版から何年たっても、今でもバイブルのように大切に読み返してくれている女性たちが、沢山いてくださっていると知るたび、本当によかったとかみしめます。

 

と、なぜ私のストーリーを書き連ねたか、それは自分のキャリア自慢がしたかった「だけ」ではなく笑、何が言いたいのかといいますと、周りの人すべてをライバルや敵だ!くらい思って肩ひじ張ってがんばり過ぎてた頃、誰かのために私はがんばらなきゃいけないんだ!なんて勝手にそんなカセを自分に装着して(本当はそんなこと誰も私にお願いしてないのにね笑)、勝手に自分で自分を追い込んでがんばりすぎていた頃、自分の中に喜びがどんどんなくなり、すべてがうまくいかなくなり、鬱病になりました。そして周りのみんなは卒なくこなせることが、どうしてこんなにも私には難しくて、できないのだろう…と、他人と自分を比較して、落ち込み泣いていても、その発想はエンドレスに広がるだけで、底をついて、それ以上なにもないと知りました。要するに、究極までいくとそこには「死ぬか、生きるか」しか残っていないことが見えました。自分の「死」をあそこまで近くに感じたのは初めてで、私は冷静でした。こんなにも簡単に感情や意識ひとつで人は「死」にたどり着けるんだな、ある意味、意識ひとつでガラッとすべてが変わるということです。私は冷静に力強く「生きる」を選びました。生きることは、エネルギーを振動させ変化していくことです。生きることは、エネルギーの運動、アクションです。目の前の状況は一瞬では変わらないので、変えられるのは自分の「意識」しかありませんでした。底をついたらあとは怖いものはありません。わたしは「意識」を変えて何かしらの「アクション」を起こしていきました。それはと毎日レベルの、とても小さな小さなアクションたちの積み重ねです。今までと違う意識で、毎アクションの選択をしていく、そんな実験をしていきました。

 

そうすると、がんばっていた頃とは真逆のように、自分の魂と心と体を何よりもまず大切に扱い、自分に愛を与えはじめただけなのに、それが沢山の人を喜ばせることに繋がっていき、沢山の人に希望を与えることができるんだ、という事実を体感しました。それはまるで、私にとってはミラクルの体感であり、感動の連続の日々でした。

 

自分への愛がちゃんと内側から輝きはじめると、その愛のバイブレーションは周囲の人たちさえも明るくするようです。

 

自分を愛さないままがんばって生きつづけることは、車のメンテナンスをしないまま高速道路をを走らせつづけている状態、観葉植物に水も土も全く与えないで部屋に飾りつづけているような状態です。自分を愛することは、生きてあなたらしく活動することの一番大切な基盤です。自分を愛することに条件はいりません。きっと今は、バランスを欠いてしまっている状態なので、ぜひ今は、心が喜ぶことばかりをしてあげてくださいね。

あなたの魂や心や体が、ほんとうは疲れていてやりたくないことを、やるべきだからと無理矢理やりつづけるのは良くないです。あなたの魂と心と体が、ちゃんとチームワークを発揮して、健康に生きるためにバランスをとるようケアをできるのは、実はあなた自身しかいないのです。

 

自分で自分に栄養を与えるように優しくすることも、大切な自己管理、セルフメンテナンスのひとつです。

 

SELF LOVE IS ESSENTIAL♡

LOVE,

 

SELF LOVE

PINK POMANDER

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